はじめに
全体の流れ
このコースでは、HDR動画を完全に理解します。
「HDR / HLG(orPQ) / Rec.2020 / 10bit / 4K / 24fps / HEVC」の正解を導き出したのですが、それぞれ「輝度/ガンマカーブ/色域/色深度/解像度/フレームレート/コーデック」のことです。
HDR動画の表現は、観る側のディスプレイのスペックに依存するのですが、「ニト」という単位で表される「輝度」だけではなく、それぞれの要素が影響しあって美しい映像が構成されています。
HDR動画を正しく理解して、撮影から編集、アップロードまでのポイントをおさえていきます。
iPhoneで撮影したHDR動画を、MacのFinal Cut Proで編集します。次にHDR動画として書き出して、YouTubeにアップします。
HDR動画を構成する5つの要素
5つの要素
動画を構成する、5つの要素があります。
- 輝度
- 色域
- ビット深度
- 解像度
- フレームレート
1. 輝度
輝度は、明るさのことです。
輝度の単位は、「ニト」や「ニッツ」と表されます。
1ニト=1カンデラです。1カンデラは、ろうそく1本の明るさとほぼ同じです。
自然界には10万ニトや10億ニトもありえます。
HDR動画では、データとしては10,000ニトまで扱えますが、一般的に手に入るもので、10,000ニトで表示できるディスプレイが存在しないので、「1,000ニト」を上限の目安とします。
1,000ニトのディスプレイは、ろうそく1,000本分という、かなり明るいことになります。
HDR動画の「ニト」というと、明るいハイライトだけが注目されがちですが、暗いシャドー部分の表現力も上がります。
黒にも色んな黒があるように、素材感やみずみずしさも伝わるような、豊かな表現力を持ちます。
HDR動画では、ハイライトからシャドーまで、どこも犠牲になることなく、表現力の幅が広がりました。
HDR動画は、「HDR(High Dynamic Range)」と呼ばれるように、明るさの幅が広いです。
対して、従来の動画は「SDR(Standard Dynamic Range)」と呼ばれます。
2. 色域
色域は、色の範囲です。
人間が知覚できる色域のうち、どれだけの色を扱うことができるかです。
従来の「Rec.709」に比べて、HDR動画で扱われる「Rec.2020」は色域が広いことがわかります。
3. ビット深度
色域がどんなに広くても、その色をデジタルで表現するためには、色数を決める必要があります。
8ビット表示の場合は約1,677万色、10ビット表示の場合は、約10億7,374万色、扱うことができます。
Rec.2020の広い色域を、10bitのビット深度で扱うことにより、たくさんの色数で表現できるようになりました。
HDRの輝度と、Rec.2020の色域と、10bitの色数
ここまでで、HDRの輝度と、Rec.2020の色域と、10bitの色数を組み合わせることによって、よりリアルに近い表現ができるようになります。
HDRとRec.2020と10bitは、セットで捉えられることが多いため、HDR動画とは、明るさの幅が広くて、色の幅が広くて、たくさんの色数で表現された動画です。
4. 解像度
ハイビジョン(HD)、4K、8Kと表現されるのは、動画の解像度です。
解像度が高くて、動画の縦と横のピクセルの数が多いと、より鮮明にみえます。
ピクセルは、ディスプレイを近くでみた時にギリギリみえる、最小単位の1つの四角のことです。
解像度は、
- 8K|(7,680 × 4,320px)
- 4K|4K UHD(3,840 × 2,160px)
- フルHD|1080p HD(1,920 × 1,080px)
- HD|720p HD(1,280 × 720px)
などがあります。
スマホのディスプレイは、近くでみることを想定されているため、ピクセル密度が高いです。
たとえばiPhone 14 Proでは、肉眼ではピクセルが見えません。
6.1インチのディスプレイの中に、2,556 × 1,179pxあります。
「460ppi(pixel per inch)」はピクセル密度で、物理的な1インチ × 1インチの四角の中に、460個のピクセルがあるということです。
iPhone 14 ProとiPhone 14 Pro Max - 仕様 - Apple(日本)
対して、家庭用のテレビは、何メートルか離れてみることを想定して、スマホほどピクセル密度は高くありません。その分、物理的に画面サイズが大きいです。
- 100ppiは、ぱっとみピクセルが見えます。
- 200ppiは、なんとなくピクセル感があります。
- 300を超えると、ほぼピクセルは見えません。
- HDR動画の解像度が大きくなれば、その分動画のデータ量が大きくなります。
- 長時間の撮影であれば、かなりのデータ容量になるし、編集データ量も膨大になります。
どのようなディスプレイで観てもらうことを想定するかや、ストレージの容量、編集の処理速度などで判断するものですが、「動画の解像度が低い方が、より良い」ことは考えにくいので、4KかHDの解像度が目安となるでしょう。
5. フレームレート
フレームレート(fps)は、1秒間の動画に何枚の画像があるかです。
多いと滑らかな動画になって、少ないとカクカクした動画になります。
テレビ放送では30fpsが基準なのと、YouTubeの動画の多くは30fpsです。
その30fpsを基準とすると、60fpsはだいぶなめらかな動画なので、激しい動きのあるものに適しています。
また、60fpsで撮影した動画を、30fpsで再生すると、スローモーションで再生することができます。
24fpsは、映画で採用されていたフレームレートで、Vlogのような動画なら、24fpsの方がシネマティックな表現ができます。
フィルムライクな印象で、作品感が増して、非日常感がでます。
対して、60fpsは、リアルで生っぽさが目立ちます。
せっかくカラコレとカラグレをして、いい感じの色味に仕上げたのに、思い通りの印象にならない場合は、フレームレートの選択ミスかもしれません。
HDRに対応したディスプレイ
HDRに対応したディスプレイ
HDRに対応したディスプレイは、
輝度が高くて、明るい。
例:1,000ニト
コントラスト比が高くて、黒色がしっかりと黒い。
例:1,000,000:1
色域が広くて、色数が多い。
例:P3の色域、10ビット深度
などのスペックを備えています。
あとは、視野角だったり、映り込みが少ないことや、正面以外から見ても、色と画質に歪みが生じないディスプレイが、よいディスプレイの目安です。
Display P3
色域が「Display P3」に対応しているディスプレイであれば、Rec.2020の色域をほぼ表現できます。「ほぼ」というのは、100%ではありません。
従来の色空間には、sRGB、Adobe RGB、NTSCなどがあります。
HDR動画を作ったら、「Display P3」に対応したディスプレイで観てもらう必要があるのですが、心配はいりません。
「Display P3」に対応したディスプレイは身近にあって、現行のiPhone/iPad/Macはすべて対応しています。
これは、それほど最近のことではなく、iPhone7からDisplay P3対応のディスプレイが搭載されているのです。
Macのシステム設定で、輝度を変更することができます。
アップルメニューの「システム設定…」を開いて、サイドバーから「ディスプレイ」を選択します。
「プリセット」から色空間を変更することができます。
MacBook Pro 14インチには、「Apple XDR Display (P3-1600nits)」のプリセットがあり、最大輝度が1,600ニトまで表示できます。
このプリセットで、HDRに対応したディスプレイで編集作業を行うことができます。
一時的にSDRのディスプレイ環境で確認する場合は、ここを「Apple Display (P3-500nits)」に変更します。
最大輝度を500ニトに落として、SDRのディスプレイで表示した場合のシミュレーションができます。
iPhoneでHDR動画を撮影する
おすすめ設定
iPhoneでHDR動画を撮影するための、おすすめ設定です。
iPhoneは「Dolby Vision」方式で、HDR動画を撮影できます。
Dolby Vision(ドルビービジョン)は、HDRの規格のひとつです。
他に、PQやHLGなどのガンマカーブがあります。
iPhoneでHDR動画を撮影するための、おすすめ設定です。
iPhoneの「設定 > カメラ > ビデオ撮影 から「HDRビデオ」をオンにします。
同じく、「手ぶれ補正(拡張)」をオンにします。
さらに強い手ぶれ補正が、撮影時に設定できる「アクションモード」なのですが、動画を拡大することで、ブレている部分をカットして補正しているので、オンにすると「4K」から「2.8K」に解像度が落ちます。
アクションモードを使わなくても、手ぶれ補正だけで十分な印象なのと、動画編集ソフトであとから手ぶれ補正もできます。
ビデオ撮影フォーマット「Apple ProRes」はデータ容量が重いので、あまり使わない場合は、ここをオフにしておきます。
「設定 > カメラ > ビデオ撮影」を「4K/60 fps」
「設定 > カメラ > シネマティック撮影」を「4K/24 fps」
に設定しておいて、普段は「シネマティック」か、通常の「ビデオ」で撮影をします。
編集の時に少しスローモーションにしたいものは、「ビデオ」で撮影したデータは、60fpsのものを24fpsで再生できます。なので、再生速度が40%の、スローモーション素材として使うことができます。
Final Cut ProでHDR動画を編集する
Final Cut Proに動画データを取り込む
iPhoneで撮影したら、HDR動画を、Final Cut Proに読み込んで、HDR動画の編集環境を整えます。
Final Cut Proに動画データを取り込む時に、Macの写真アプリを経由しないと、シネマティックの動画データがレンダリングされて、統合されてしまうようです。
なので、iPhoneからMacにAirDropで送信したり、キャプチャアプリで取り込んだりしない方がいいです。
まずはiPhoneで撮影したデータを「iCloud写真」を介してMacに同期します。
次に、Final Cut Proのサイドバーの「写真」からビデオデータを読み込みます。
タイムラインに配置したクリップを選択して、「ビデオインスペクタ」を確認します。
「シネマティック」のパラメータがあるので、被写界深度の変更ができます。
メニューバーの「クリップ」から「シネマエディタを表示」を選ぶか、「⌃Control + クリック」して、シネマエディタを表示します。
Final Cut Proでシネマティックモードのビデオの調整を有効にする - Apple サポート (日本)
さらに、読み込んだデータを「情報インスペクタ」でみると、「Rec.2020」の「HLG」であることが確認できます。
iPhoneで撮影した「Dolby Vision HDR」のデータの正体は、
「Dolby Vision Profile 8.4」と「Cross-Compatibility ID 4」の、HLG形式のHDRデータです。
Dolby Professional Support Community
QuickTime File Format形式のビデオで、拡張子は「mov」。コーデックはHEVC(10ビット)です。
Dolby Visionでありながら、通常のHLG形式と互換性があるので、HLGとして扱って問題ないかと思います。
AppでHDRビデオの再生、編集、エクスポートに対応する - 見つける - Apple Developer
タイムラインに配置したクリップを選択した状態で、情報インスペクタをみます。
「Rec.2020 HLG」であることが確認できました。
もし、このメタ情報が間違っている場合には、「色空間の上書き」で修正できます。
情報インスペクタから、メタデータの「設定」を選択します。
「色空間の上書き」から、正しい色空間のメタ情報を上書きできます。
Final Cut Proのクリップの情報を表示する - Apple サポート (日本)
Final Cut Proの設定
HDRをビューアで表示する設定
ビューアの「表示」から、「HDRをトーンマッピングとして表示」をオンにします。
Final Cut ProビューアでHDRビデオを表示する - Apple サポート (日本)
ライブラリとプロジェクトをHDRに対応させる
まずは、ライブラリ全体の色処理の設定を「Wide Gamut HDR」にします。
ライブラリを選択した状態で、インスペクタから「変更」をクリックします。
色空間を「標準」から「Wide Gamut HDR」に変更します。
次に、「プロジェクト」を選択した状態で、インスペクタから「変更」をクリックします。
レンダリングの「色空間」を「Wide Gamut HDR - Rec. 2020 HLG」に変更します。
これで、HLG形式のHDR動画を編集する環境が整いました。
Final Cut ProでWide Gamut HDRカラー処理を使用する - Apple サポート (日本)
PQ形式のHDR動画の作業環境を整える場合は、レンダリングの「色空間」を「Wide Gamut HDR - Rec. 2020 PQ」に変更します。
いま、PQ形式のプロジェクトに、HLGのHDR動画のクリップを配置している状態なので、クリップをHLGからPQに変更します。
クリップに対して、エフェクトの「HDRツール」を適用して、「HLGからPQ」にします。
「ピークブライトネス(ニト)は、1,000ニトでいいでしょう。
LUT
編集にあたり、これまで使ってきたRec.709用のLUTは使用できません。
色域が変わっているので仕方のないことで、Rec.2020に対応したLUTが必要です。
SDRのタイトル
HDRのプロジェクトの中に、SDRの映像やタイトルを配置した時に、色が変わってしまう問題があります。
白のはずなのに、なぜかグレーで表示されたりします。
これは、「白」の基準がSDRとHDRで変わったためです。
SDRの白は100ニトですが、HDRでは「そんなのまだまだ白くはない」となるのです。
この、SDRの100ニトを、HDR動画での白である、203ニトあたりに上げる必要があります。
「波形モニタ」と「カラーインスペクタ」を表示します。
波形モニタのスコープを「波形」、チャンネルを「ルミナンス」、単位を「IRE」にします。
この波形モニタは、左右は動画の左右位置、上下は明るさをあらわしています。
「White」のテキストを左右に動かすと、このように波形が動きます。上下に動かしても波形は変わりません。
タイトルを選択して、カラーインスペクタから、露出のハイライトを上げて、波形モニタでみたルミナンスを「75%」にします。ハイライトの数値を「49%」にすると、だいたいあうかと思います。
HLG形式での「203ニト」の「ホワイト」は、このように「75%」です。
PQ形式での「203ニト」の「ホワイト」は、「58%」となります。
Final Cut Proの波形モニタの表示オプション - Apple サポート (日本)
特定のタイトルに、この露出変更を適用すると、その下のクリップも影響を受けて、明るくなってしまうこともあります。
この場合は、タイトルを「新規複合クリップ」にすると回避できます。
CompressorでHDR動画を書き出す
書き出し|YouTube/Vimeo
HDR動画の書き出しのポイントです。
それぞれのサービスが、どんな形式に対応しているかは、YouTubeやVimeoのサイトで確認できます。
ハイ ダイナミック レンジ(HDR)動画をアップロードする - YouTube ヘルプ
YouTube にアップロードする動画におすすめのエンコード設定 - YouTube ヘルプ
HDRおよびドルビービジョンの動画をアップロードする – ヘルプセンター
書き出しのコーデック
「H.264」の上位互換の、H.265(HEVC)もアップロード可能です。
「H.265」の正式名称は「MPEG-H HEVC」で、ただ「HEVC」と表記されることが多いです。
高画質なのにデータ容量が軽いコーデックです。
Final Cut ProからHDRファイルを書き出す - Apple サポート (日本)
Compressorで書き出し設定をつくる
「Compressor」を使って、書き出し設定をつくっておきます。
ポイントは、
色空間を「Rec2020 PQかHLG」
コーデックを「HEVC」
プロファイルを「10ビットカラー」
データレートは、YouTubeの推奨を参考にします。
YouTube にアップロードする動画におすすめのエンコード設定 - YouTube ヘルプ
最後に、「Dolby Vision 8.4メタデータを含める」をオンにしておきます。
Compressorで書き出し設定を保存したら、これをFinal Cut Proで読み込みます。
「設定…」を開いて、「出力先」タブを選択します。
サイドバーの「出力先を追加」から「Compressor設定」をドロップします。
先ほど作った、書き出し設定を読み込みます。
「共有」ボタンから、カスタマイズした書き出しができるようになりました。
HDRを、従来の8ビットの「H.264」で書き出そうとするとアラートがでますので、10ビットのH.265で書き出しを行なってください。
マスターを書き出す
「Apple ProRes」は、最終マスタリングファイル、マスターを書き出すときに使うコーデックです。
Final Cut Proで最終マスタリングファイルを書き出す - Apple サポート (日本)
Macのメディアエンジン
動画の書き出しは、MacBook Proなど、専用のメディアエンジンが搭載されているデバイスでは、ソフトウェアで処理するよりも処理速度が早いです。
14インチと16インチMacBook Pro - 仕様 - Apple(日本)
YouTubeの処理
YouTubeに動画をアップロードすると、SD、HD、4Kの順番に処理が完了してから、最後にHDR版の動画が作成されるので、タイムラグがあります。
同じYouTubeでも、ブラウザやアプリによってHDR動画の対応は異なります。
たとえば、スマホのブラウザでYouTubeの動画を再生しても、HDR動画ではなく、SDR動画が再生されます。