何年も書き溜めてきた思考を研ぎ澄ませ、数分で読める文章量にまとめました。
1. はじめに
このテキストは、デザインのテクニックや流行を解説するものではありません。
ツールの使い方や操作手順、すぐに役立つ情報を求めている人にとっては、少し遠回りに感じられる内容だと思います。
ここで扱うのは、デザインのやり方よりも前にある「なぜそう感じるのか」という、人の認知や感性の話です。
技術は驚くほどのスピードで進化しています。しかし、人間の認知や感性は、それほど簡単には変わりません。
だからこそ、時代や環境が変わっても、繰り返し立ち返ることのできるデザインの前提が存在します。
なぜそれが良いデザインに見えるのか。
なぜ同じものを見ていても、人によって評価が分かれるのか。
そして、センスとは本当に生まれつき決まっているものなのか。
このテキストは、分かりやすさや即効性よりも、「考え続けるための視点」を重視します。
遠回りに見えるかもしれませんが、その遠回りこそが、長く使えるセンスを育てます。
2. デザインの前提とは何か
多くのデザイン学習は、ツールの使い方やテクニック、成功事例から始まります。
それ自体は間違いではありませんが、そこにはひとつの問題があります。
前提が学習されないまま、技術だけが積み重なっていくことです。
- なぜ、そのルールが存在するのか
- なぜ、その配置が良いとされているのか
- なぜ、それが使いやすいと感じられるのか
前提を理解しないまま身につけた技術は、時代や環境が変わった瞬間に、簡単に通用しなくなります。
このテキストでは、作り方よりも前に「どう考えるか」に立ち戻ります。
前提を理解することは、正解を知ることではありません。
なぜそうなっているのかを自分の言葉で説明しようとする姿勢を持つことです。
説明できないものは、まだ理解できていないということでもあります。
3. 変わらない人間と、変わり続ける技術
新しい技術は進化していきます。しかし、人間の認知や感情の構造は、ここ数十年で劇的に変わったわけではありません。
何を心地よいと感じるか、何に惹かれるか、どこで迷って、どこで不安になるか。こうした感覚は、驚くほど保守的です。
だからこそ、良いデザインの条件は、技術が変わっても大きくは変わらないのです。
ツールは誰でも扱えるようになりましたが、同じツールを使っても、生まれるアウトプットは人によって大きく異なります。
それは、ツールが価値判断まではできないからです。
必要なのは、新しい技術を追い続けることではなく、自分のアンテナが何を感じているかを俯瞰で観察し続けることです。
4. デザインとは何をすることか
デザインの目的は、「伝えたいことに、装飾を加えて、伝えようとする」ことではありません。
「伝える」と「伝わる」は違います。
デザインは、「伝える」ことを「伝わる」状態に変えるための手段であり、コミュニケーションの技術です。
そのために、幾何学的な法則、秩序やリズム、余白とレイアウト、色彩理論と視認性などといった要素があります。
これらは装飾ではありません。すべて伝わる状態をつくるための手段です。
デザインとは、見た目の装飾を付け加える行為ではなく、伝達の失敗を減らすための設計です。
見た目が整っていても、伝えたいことが伝わっていなければ、それはデザインとして失敗しています。
逆に、派手さがなくても、迷わず理解できるなら、それは機能しているデザインです。
5. 純度の高い情報に触れる
多くの人は「まだデザインの方法を知らないから、それを再現できないのだ」と考えます。
しかし問題は、知らないことよりも、何を信じてしまっているかです。
分かりやすく整理された情報ほど、それで理解した気になり、思考が止まってしまうことがあります。
一次情報は、思想や構造、設計の意図を語ります。
二次情報は、結論や要約を与えてくれます。
センスが育つのは、答えを知った瞬間ではなく、問いを持ち続けた時間の中です。
そして再現性とは、手順をなぞることではありません。自分の文脈で「破壊、継承、再構築」することです。
広い視点で経験値を上げ、洞察力を磨くには、純度の高い一次情報に触れることが大切です。
たとえば本。売れている本の多くは、読者を安心させます。
一方で、売れていないけど深い本は、読んだ後に疑問が増えて不安を残します。
わからないこと、知りたいことが増えて、自分の理解不足が露呈するからです。
しかし、成長が起こるのは売れていない深い本です。
6. 経験と感覚が残すもの
感性は、頭だけで磨かれるものではありません。
見ていないものを見たように感じられる技術があります。だからこそ、実際に経験として得たものの価値は大きいです。
自然の中で感じられる法則やリズム、バランスがあります。
人は意識的に感じていることだけでなく、無意識下で感じ取っていることも多いので、自然に囲まれた中で感覚を研ぎ澄ませることも価値のある経験です。
——旅に出て、朝を迎える。
胸の奥まで染み込むような冷たい朝霧が、景色を覆っている。
見知らぬ部屋で目を覚まし、しばらくのあいだ、自分がどこにいるのかを思い出せずにいる。
どれだけ読み返しても、その感覚を経験として感じることはできません。そこに言語化できないような感覚はなかったか?「それ」を感じることはできたか?
人によって、補完されるイメージは違います。
過去の記憶から、いま目の前にある物の価値が大きく変わることがあります。
——起きた。朝。寒い。外は霧がかかっている。寝ぼけている。旅館に泊まっていることを思い出すのに時間がかかった。
そこには説明も、結論もありません。
ただ、そう感じているという事実だけがあります。
こうした体験は、後から言葉にしようとした瞬間に、別のものに変わってしまいます。
だからこそ、純度の高い情報は、言葉になる前の場所に存在しているのだと思います。
同じものを見ても、経験してきたことが違えば感じ方も変わります。
7. 世界を設計物として読む
良いデザインほど、意図が見えないように設計されています。
だからこそ、ただ使うのではなく、なぜそうなっているのかを読む必要があります。
UIや導線、配置、サイン。私たちは日々、設計された社会の中で行動しています。
私たちは普段、多くのものを使っていますが、読もうとはしていません。
しかしデザインは、使うだけでは見えてきません。
デザインを見る目とは、違和感に気づく力でもあります。
たとえばAppleが提供している、Human Interface Guidelines(HIG)があります。
普段使い慣れたiPhoneのUIが、どのような思想でデザインされているかを知ると、見え方が変わります。
構造を知ることで、世界の解像度は上がります。
その高い解像度で情報を入れることができるのが、純度の高い一次情報であり、センスを育てるものです。
解像度が上がると、派手なものに振り回されなくなります。
8. さいごに
このテキストでは、具体的な書籍やツール、参考資料にはほとんど触れていません。
それは、先に答えを渡したくなかったからです。
ただし、ここで触れた考え方の背景にあるもの、思考の座標として参照してきたものは、このあとの後編でまとめます。
このテキストが、何かを教えたとしたら失敗です。
もし、世界の見え方が少し変わったなら、それで十分です。